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紫色の月光

紫色の月光

第二話「激戦の予感」

第二話「激戦の予感」



 J3コロニー襲撃事件から1ヶ月の月日が経過していた。
 その1ヶ月の間はこれと言った襲撃は無く、残りのJコロニーは何の被害も受けていない。
 しかし、J3コロニーが襲撃されたのならば、他のコロニーにも危険が及ぶと言う事は十分に考えられる事である。その為、残りのJコロニーは以前よりも警備が強化されていた。

 ここ、J2コロニーもその一つである。
 そしてそのコロニーの壁には戦艦、『フィティング』の姿もあった。
 フィティングは宇宙、大気圏内での活動を想定した作りになっており、武装はミサイルに対空砲、主砲の三つだ。
 
 フィティングの格納庫にはエイジ・ヤナギとソウルサーガの姿があった。彼はJ3コロニー襲撃事の後、J2コロニー護衛に回されたのだ。

 しかし、エイジはJ3コロニーのときとは違い、文句くさい事を呟いたりしていない。何故ならここには彼の暴走を止める友人がいるからである。

「エイジ。―――――やっぱりJ3コロニーを襲撃したのは」

「ああ、9割以上の確立でカイトだ。100%そうだと断言するには……………あいつの顔を見てみない限りは、な」

 エイジの隣にはシデンがいた。彼等の話題は一つ。カイト・シンヨウがJ3コロニー襲撃事件の犯人なのかどうか、だ。

 エイジの話からすると、ほぼカイトであると考えられた。
 理由としては、先ず嘗てエイジが乗っていたヴァイサーガ・XのシステムXを発動させて電撃を出したと言う事だ。

 システムXは発動したらパイロットと機体を合一化した状態――――簡単に言えば、パイロット=ロボ――――になるのだ。
 例えば、剣道が得意な者がいるとする。その者がシステムXを発動させるとそのロボットはパイロットが繰り出す剣技をそのままトレースして行う事が出きる。
 つまり、肉体的に強くなれば機体もその分強くなるのだ。

 しかし、その分の弱点も存在する。
 それはシステムXを長時間にわたって使用すると精神を破壊されると言う事だ。
 エイジ達の知っている限りではシステムXを使用している者は三人。
 エイジ、シデン、そしてカイトの三人だ。
 何年もシステムXを使って戦ってきた彼等だが、その彼等でも5分までしかシステムXを扱う事が出来ない。もしも5分過ぎたら、廃人となる事になる。
 人間とロボットを完全に一つにすると言う事はかなり負担がかかるのだ。

 カイトはどういうわけか電撃を出す事ができる、極めて非常識な存在だった。しかも再生能力まで使えるから普通に殺そうとしても殺せない。

「敵対するなら―――――やっぱり対策法がいるよね?」

「そりゃあそうだろう。あいつは俺達とは違って苦手な距離なんて無い」

 それは今まで乗ってきた機体の問題でもあったのだが、カイトは近・中・遠距離どれをとっても強かった。
 逆に、エイジとシデンは乗っていた機体が偏っていたり、自身の得意な戦闘方法を見つけたのもあってか、苦手意識というものがあった。

「まあ、一対一でカイトに勝てる奴なんてこの世にいないだろうな。奴が負けた姿が想像出来ないほどだからな」

 エイジがそういったのと同時、格納庫内に大きなくしゃみが生じた。



 しまった、とカイトは思った。
 明らかに周囲の注目を浴びているのは自分だ。それも当然である。作業員に変装までは良かったし、目立たずに行動できた。そんな時に噂をされたからとはいえ、これだけ大きいくしゃみをしてしまったのだ。因みに、例えて言うなら雷の咆哮の様な凄まじいくしゃみである。
 しかし、ここまで注目を浴びると流石に危ない。何故なら自分の変装を良く知っているエイジとシデンが目の前にいるからだ。しかも、二人ともこちらを見ている。
 自分の話題中にくしゃみをしてしまった為か、二人がこちらに近づいてきた。

「おい、お前」

 エイジがこちらを睨みつけながらも聞いてくる。カイトは額に汗を浮かばせながらもそれに答える。普段ならこう、明らかな事はしないのが彼なのだが流石に今まで味方だった者を騙すとなると少々自然に緊張するらしい。何だかんだ言って、あまり心構えが出来ていないような感じがする。

「は、ハイ! なんでありますでしょうかでございますでしょうか!!」

「言葉が目茶苦茶だぞ。――――――まあ、いいや。お前、名前はなんていうんだ?」

「ハッ! ビリー・ローレイング軍曹と申します!」

 ビリーと言うのは勿論、偽名である。

 そもそも何故カイトがこの艦に乗り込んだのかというと、襲撃前にJ2コロニーの壁を調べた際に全く知らない戦艦が存在していたからである。それがフィティングだ。

 未知数の敵が存在すると言う事で早速カイトはその性能を調べる為に潜入したのである。因みに、エイジ達がフィティングに配属される際に本物の作業員の一人と入れ替わっている。今頃、入れ替わりの被害者は可哀想だがカイト達の『家』で不自由な生活を送っているはずである。

 カイトはこの艦に着くなり驚きの連続だった。

 先ず、エイジとシデンの二人が全く同じ艦にいると言う事。可能性としては十分に考えられた事なのだが、彼等二人がいるのなら自分の正体に気づく確率が高い。

 そして次に、自分の元上官であるゼンガー・ゾンボルトの存在である。こう言う場所を襲撃するからほぼ確実に敵対するだろう、と思っていた相手なのだが、まさかこうも早く相対する事になるとは思わなかった。

「よし、分かった。ビリー軍曹。憶えておくぜ。―――――おーい、ナック」

 エイジが呼んでから数秒としないうちに、男がひょっこりと格納庫内のソウルサーガの影から姿をあらわした。
 彼の名前はナック・フランドル。フィティングのメカニック班の中でも若い方の白人の男である。

「ナック。ソウルサーガになんか問題はあるか?」

「いやいや、もう何時でも戦闘OKですよ。襲撃者が来たらもう容赦なくやっちゃって下さい」

 ナックは好青年らしい笑みを浮かべる。
 しかし、カイトは思う。

(その襲撃者が今、この場にいるんだがな)

「OKOK。有難うよナック。―――――これで何時襲撃者がきても準備OKってことだよなー? ビリー君」

「な、何でそこで自分に振るんですか!?」

 一応、変装しているのでビリー軍曹よりも階級が高いエイジ少尉には敬語を使わなくてはならない。しかし、長年タメ口で付き合ってきた友人に対して敬語を使うのは何となく変な感じがする、とカイトは思った。

(ああ! 落ち着け、落ち着くんだカイト! お前はこんな所で正体がばれる訳には行かないんだ!!)

 必死になって自分に言い聞かせるカイト。
 彼は変なところで精神不安定であり、人格(?)が変わりやすいのだ。
 ある意味では彼はガラスのハートの持ち主なのである。―――――どういうわけか戦闘中になると全く変わらないのだが。

「おい、ビリー。お前大丈夫か? さっきから何か変だぞ?」

「いえ、大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 カイトはようやく元のペースを取り戻すと、格納庫の隅っこに存在する2機のPTを見る。そこにある2つの巨大な物体は、つい最近こちらに運び込まれた新型機、ヒュッケバインシリーズの三号機である。
 それも元々の三号機とは違い、通常エンジンに切り替えられたことにより出力を抑えられているタイプだ。
 何でも軍のトップの人間が直接マオ社のリン社長と掛け合ったらしい。
 
(に、しても……やっぱヒュッケバインは良い)

 カイトはさり気無く片方のヒュッケバインの足元からそれを見上げた。
 1年前、凶鳥の名を持つその機体の一号機にカイトは乗っていたのだ。そして共に様々な戦場を駆け抜けた――――カイトの相棒なのだ。
 
 シャドウミラーとの戦いの時に自爆させてしまい、今ではもう二度と見る事の無いであろう相棒を思い出しながらその後継機を見ているカイトの目はまるで恋人を見ているかのようであった。
 そしてその恋人を思い出すたびに彼の脳に今までの思い出が蘇っていく。


 アンセスターと戦った時。


 シャドウミラーと戦った時。


 初めてヒュッケバインに乗ったとき。


 初めて勝利した時。


 初めて敗北した時。


 友が死んだ時。

 
 父が目の前で殺された時。

 
 あの時。


 あの時。


 あの時。
 
 
 しかし、次々と溢れてくる思い出を彼はシャットダウンした。
 何故なら、

(もう、あの頃に戻れないから………)

 思い出すと、それは懐かしい日々。仲間と共に戦いぬいた記憶。時には助け、時には助けられ、時には仲間だった者たちと敵対する事もあった。時には仲間の死に泣いた事もある。

 だが、それらはもうカイトには届かない。

 心の何処かではこうなのではないか、と思っていた自分の正体。長年知りたがっていた自分の―――――自分達の正体が『可能性の一つとして考えていたけど、本当はそうで無いで欲しかった』物だった事を知った時、自分を利用していた連中がどうしても許せなくなった。
 仲間を殺し、恩人を殺し、そして今また全てを知った害虫である自分達を始末しようと動いている、その連中がどうしても許せない。

(振り返るな、前だけを見ろ。そうでなければ――――――)

 カイトはヒュッケバインから離れると、拳を握り締めた。

(これから先、俺達は生き延びれないぞ)



 物思いにふけっていると、なにやら周囲が騒がしくなってきた事にカイトは気づいた。
 もしや、と思い、腕時計に目を向ける。時計は長い針が12を指しており、短い針が6を指していた。

(そうか、そろそろ時間だな)

 ビリー軍曹はこの瞬間、フィティングに別れを告げる事となる。
 何故なら、これから彼は「ハゲタカ」として戦うからだ。

「では……行こうか、ヒュッケバイン」

 そういうとビリー軍曹を辞めた、カイトは後ろにいるヒュッケバインに目を向けた。




「作戦開始時刻まで後……5……4……3……2……1……スタート!」

 透明化した機体のコクピットの中、スバルは叫んだ。
 それは戦闘開始の叫びであると同時に、

(兄さんが行動開始する時刻でもある!)

 透明化して完全に敵の目を誤魔化している、その黒い機体は「ネオヴァイサーガ」と名づけられている。それは新しいパイロットのスバルが乗るから、と言う事でカイトが勝手に名付けたのだ。因みに、J3コロニー襲撃の際にカイトが乗っていたヴァイサーガと何も変化が無い。

 ネオヴァイサーガは透明化したままで近くにいる戦艦に接近する。
 そのまま剣を抜いたネオヴァイサーガは、問答無用でそれをブリッジがある場所に突き刺した。

この行為により、自分の存在が周囲に知れ渡る事になるのだが、スバルの目的は正にそれなのだ。
 戦艦狙いだと、それだけ周囲の注目が自分に集まる。ということは詰まり、

(兄さんの行動をやりやすくすることが出来る!)

 今、彼がいるのはフィティングとは反対方向だ。そして、そのフィティングから何機か機動兵器がこちらにやってきている。カイトはそれだけ行動がやりやすくなったのだ。

 そんな時、スバルはこちらに向かって来る機体の中に一機、大きい機体を発見した。
 それはカイトから要注意だと聞かされている、ゼンガー・ゾンボルトが駆るグルンガスト参式である。




 フィティング内では、格納庫で大パニックが発生していた。
 ビリーがヒュッケバインに乗り込み、無理矢理発進しようとしているのだ。

「コラ! てめぇ、やっぱカイトだったんだな!」

 モニターの向こうで叫んでいるエイジが見えるが、あまり気にしない。

「バーカ。気づいているならパッパと捕まえればいいものを」

 カイトが乗り込んだヒュッケバインは格納庫内においてあったグラビトンライフルを手にとる。それは「早くハッチを開けないと吹き飛ばすぞ」と言う無言の警告だった。

「操作系は毎日整備をしていたのもあるから、問題なし」

 一人で納得すると、カイトはグラビトンライフルを壁に向ける。


「ハッチ、早く開けて!!」

 シデンの叫びがブリッジに響いた。彼は今、通信で直接連絡をとっているのだ。
 その声が届いたのか、ハッチがゆっくりと開かれる。

「おお、分かっているじゃん」

 カイトはそれに満足しつつ、グラビトンライフルを持ちながらヒュッケバインを加速させる。
 ヒュッケバインはそのままフィティングから脱走するようにして飛び出していく。

「作戦……開始!」

 カイトは暑苦しい上着を脱ぎ捨てながら呟く。その視界の先にあるのはJ2コロニー――――――――なのだが、

「付いてきているな……三つ、いや、四つ」

 ヒュッケバインの後ろにはアークブレイダーとソウルサーガ、そしてリーザが無理矢理乗り込んだもう一機のヒュッケバインが付いてきていた。

「またぞろぞろと……どこぞのRPGゲームみたいに付いてきやがってさぁっ!!」

 カイトのヒュッケバインは後ろに振り向くと同時に、グラビトンライフルを発射する。その銃口から発射される黒い波動は、容赦無く三機に向かって襲い掛かる。

「あいつ……本当に撃ちやがった!」

「頑固なところは相変わらずだけど……せめて事情くらい話してくれても良いでしょう!!」

 しかし、その攻撃を叫びつつも避ける三人。その叫びはカイトの耳に確かに響いたのだが、

「世の中はな、何でも知ることが出来たら良いってもんじゃ――――」

 叫びながらカイトのヒュッケバインはグラビトンライフルをコロニー外壁に構える。

「無いんだよ!」

 銃口から、再び黒い波動が放出される。それはJ2コロニーの外壁をそのまま貫通し、コロニーの空洞への出入り口となった。

 カイトは何も言わずに内部に突入していく。それに続くようにしてソウルサーガとアークブレイダーも突入する。

 リーザのヒュッケバインもそれに続いて突入しようとするが、目の前に突然、壁が現れた。
 その壁は透明だった。しかし、それは徐々に姿を現していき、ヒュッケバインの行く手を阻むかのように存在していた。




 J2コロニー内部は兵隊の塊が幾つも出来上がっていた。
 それは侵入者撃退の為に待ち伏せしている者達の集まりだった。

 その中の一つの塊に兵隊、ハルト・グレイはいた。彼はまだここに配属されてから間もない青年だ。
 そんな彼の目の前に、黒の青年がいた。
 青年は全身黒い服装をしており、その黒い髪と黒い仮面が、その黒い印象を更に強くさせていた。

「そこを通せ」

 男は言った。

「もう一度言う……痛い思いをしたくないのなら、通せ」

 青年はこちらの答えを待っている。YESかNOかで、だ。
 前者なら彼を通せばいい。しかし、後者ならば、

「何をしている!? 撃て撃て! 侵入者だ!!」

 塊の中の一人が叫んだように、彼を撃ち殺してしまえばいい。
 
 ハルト達は男に銃を向ける。しかし、男は怯える様子を見せなければ、驚いた様子も見せない。

「やはりそう来たか……だが、恨むなよ」

 すると、男は何かを取り出した。それは血の様な真っ赤な、

「……刀!?」

 その刀身は、見るもの全てを魅入らせてしまうかのような美しさを持った真紅の刀である。
 
「……俺はちゃんと警告したからな。――――きちんと痛い思いをしてもらうぞ!」

 青年が叫ぶと同時、ハルト達の視界から風のように消え去った。
 しかし、次の瞬間、風が吹いた。
 その風は涼しく、真紅の色を引き連れながらハルト達を通り抜けていった。

「―――――――!」

 その瞬間、ハルトは言葉に出来ない痛みを感じた。
 その痛みを訴えてくる箇所は他ならぬ彼の右足だ。
 
 ハルトは痛みを堪えながらも、体勢を崩しながら自身の右足を見る。
 すると、彼の右足から溢れんばかりに血が流れ出ていた。



 シデンとエイジの二人は狭い通路を走っていた。
 この通路は人間サイズなので、数十メートルもある機動兵器が通り抜けるには無理がある。その為、彼等はコクピットから降りて、直接この通路を走っている。

 しかし、先にこの通路に来たカイトを追ってここまで来た二人なのだが、

「血の匂いがする……!」

「あの馬鹿……おっぱじめやがった!」

 二人はその匂いを辿り、その先にいることであろう黒の青年を追う。
 

 10分も経たないうちに二人は目的の人物に追いついた。
 その黒い姿は周囲に倒れこんでいる兵の向こうにおり、その右手には真紅の刀が握られていた。

「よお、カイト。昔と比べて随分と優しくなったじゃねぇか」

 エイジがそういうと、カイトは仮面を外しながらそれに答える。

「優しい?」

「ああ。昔なら邪魔する奴は一人残らず殺してたくせに……今では大怪我で済まされそうな奴が何人か混じっているじゃないか」

「……そんな事もあったっけかなぁ」

 エイジはハルトの様に手足だけを切り刻まれた者に目を向ける。その数は17人。死んでいる兵よりも多い数だ。

「ま、俺は進むよ……ぶっちゃけ、追っ手が来てるっぽいからお前等の相手はしてられない…………だから、敢えて言うぞ。――――通せ」

「それで引き下がる俺達だと思うか?」

「立場もありますし、友人としても色々と話したいところですしね……!」

 すると、エイジはナイフを抜き、シデンはハルトが持っていたマシンガンをカイトに向ける。

「やっぱそう来るか……でも、俺は相手をしないよ。お前等の相手は『超』が付くくらいの特別ゲストにお願いする」

「……特別ゲストぉ?」

 エイジが不思議そうな顔をしていると、カイトの後ろから小さな影が現れた。その正体はまだ十代前半と言った感じの美少女である。
 その少女は黒髪のロングヘアーで、はっきり言ってゴスロリと言ってもいいような黒い服装をしていた。

「では、紹介しよう。今回、死なない程度にお前等の相手をする――――――」

 しかし、カイトの言葉を遮るように少女は右手を「ピッ」と上げて大声を出した。満面の笑みを浮かべつつ、

「どうもー! アキナ・サナダでぇーすっ! よろしくぅー!」

「………………………」

 しばし、沈黙が訪れた。それはカイトすらも巻き込む沈黙だから恐ろしい。

「あれぇ? リーダー、何で黙ってんの?」

「……いや、あまりに緊張感が欠けていたからちょっと…………な」

 カイトの一言がきっかけになったのか、エイジとシデンは「ハッ」と顔を上げて我に帰った。どうやら、あまりのショックに放心状態だったようである。

「やい、カイト! てめぇ、何時からロリコンになりやがった!」

 エイジは思った事を後先考えずに叫ぶ。しかし、思いっきり否定すると思われたカイトは、

「ふっ、ご自由に考えるがいい」

 否定しなかった。いや、肯定もしていないように見えるのだが、その答えはカイトのみが知る事なのだろう。

 すると、今度はシデンが顔色を悪くしながら、今にも泣きそうな顔で言った。

「そんな! カイちゃん………僕と言う者がありながらぁぁぁぁっ!!!」

「待て! 俺はボーイズラブには走らんぞ!! そこで誤解を招くような発言は実に勘弁してもらいたい」

「リーダー……モテモテですねぇ」

「お前も気持ち悪い発言するな!! ―――――ゴホン、じゃあアキナ。ここは任せるぞ!」

「おー! お任せあれー」

 アキナの返事を聞くと、カイトはエイジとシデンに背中を向けて走り出した。

「待て!」

「駄目ッ!」

 それをすかさず追おうとする二人だったが、目の前に超高速のスピードでアキナが迫ってきた。そしてそのまま二人に蹴りをお見舞いする。
 
「いいっ!?」

「なっ!?」

 二人は小柄な美少女の繰り出すキックにより、『ぶっ飛ばされた』。
 その攻撃力の高さは今まで二人が出会ってきた者達の誰よりも上回っていた。しかも、少女が『リーダー』と呼んでいた、あのカイトよりも上である。

「おい、ふざけんなよ………なんでまたリーダーって呼ばれてるあいつより凄いキックをあんなガキが……」

 エイジは起き上がりつつ、ナイフを捨てる。どうも少女が相手、と言うのが嫌なようだ。

「あー。ついで言わせて貰えば」

 アキナは無邪気な笑みを浮かべつつ言った。

「私、毎日リーダーと素手で戦ってんだけど………これが負けたこと無いんだよねぇ」

「何っ!?」

「てな訳で、私としては二人相手でも全然OKだよぉー。つーかぱっぱと起き上がれ、男だろ!?」

「うぉぉぉぉぉっ!! 何かすっげぇムカツク!」

 頭がヒートアップしていくエイジ。それを見たシデンは思わず呆れた表情になる。

「君は年下相手にそんな大人気ないこと………」

「うるせぇ!! シデン、あいつ殴るぞ!!」

「そんな事をしたら全国のロリコンの皆様を敵に回す事に………」

「何でそうなる!?」

 アキナはその二人の口論を見て思った。楽しい人たちだな、と。


 見たらこの二人はもう漫才師の様にトークをしているように見える。それはシデンがアドレナリン沸騰の為に落ち着きが無いエイジを落ち着かせる手段でもあるのだが。





 カイトは一人、広い空間にいた。彼の目の前には巨大なコンピュータがあり、モニターには『ジーン・プロジェクト』と表示されている。
 しかし、その字は見る見るうちに消えていく。何かに浸食されていくかのようにその文字と膨大なデータは消えていく。

「デリート完了………これで後の世が『ジーン』を再び作り出そうなんてことはない」

 カイトはデータを消した後、次に行動するべき事を思考する。
 先ず、アキナと合流し、その後あらかじめコロニーに潜ませておいた新型を起動させて撤退、という流れだ。
 しかし、

「まさか予定よりも40分早く着くとは………予想外に警備が手薄だったのか、それとも?」

「そう、君が考えているように、僕が全員下がらせておいた」

 カイトの後方から声が聞こえる。彼は真紅の刀を構えながら振り向く。そこにいたのは、

「確か………フィティングの整備班所属の……ナックだな。それとも、『アンチジーン』の刺客、とでも言えばいいかな?」

「どっちでもいいよ」

 そういうと、ナックは敵意を剥き出しにした表情に歪む。それはフィティングのナックの様な好青年としての面影は一片も感じられることが出来ない。

「だが、君は予想外に素早く行動してくれた。お陰でここに追い込んで君を殺す計画はパアだよ、見事にデータをデリートしてくれたしさぁ」

「お前の計画には一つだけ訂正するべき部分があるぞ」

 すると、カイトは刀の刃先をナックに向けつつ言った。

「俺じゃなくって………お前が死ぬんだ、今日、ここで、この時間!」

「はっ! そいつは面白い冗談だ。僕達『アンチジーン』は君たち『ジーン』を処刑する為に生まれた人造改造人間!! それも、君たちより遥かに良い身体能力を得ている、ね」

 カイトは黙って聞いている。俯いている為、長い髪の毛で隠れているが、その顔からは憎悪の塊が存在していた。

「そもそも、君たちジーンは昔の連邦軍が『ただ勝利する為』だけに生み出した改造人間集団であり、戦闘集団だ。そいつらを処刑する為に生まれた僕に、ただのジーンであるお前が勝てるはずが――――――」

 そこまで言いかけた途端、ナックはぶっ飛ばされた。彼が先ほどまでいた位置にはカイトがおり、

「ああ、すまん。何か隙だらけだから、つい」

 カイトは口では謝っているが、そんな気は全く無い。何故なら、敵に謝る必要なんて無いからだ。

「俺達ジーンはな。人間と同じように訓練する事によってドンドン強くなる。元から良い性能誇ってるからって勝った気分になるのは……早いぜ?」

「くっ! だが、君の仲間はどうかな? 君がここにいるという事は、あのヴァイサーガは他の誰かが乗っている、ということだ。そしてエイジとシデンの二人の足止めに使っているあのガキの二人……」

「あれ? もしかして……」

 しかし、そこでカイトは言った。ナックにとっての予想外の一言を。

「俺がたった一人でJ3コロニーを攻略した、と思ってるのか? それなら大間違い。幾ら俺でもそこまで無謀な真似はしないよ」




 リーザの目の前に現れたその壁は完全にその姿を現していた。
 そして、リーザはその壁の名前を知っている。

「アシュセイヴァー………イツキ少尉がアークブレイダーの前に乗っていた機体……!」

 それが何故、こんなところに、とはリーザは思わなかった。エイジが前に乗っていたヴァイサーガがJ3コロニーを襲撃したのだ。ならばシデンが前に乗っていたアシュセイヴァーXがいてもなんら不思議が無い。

 しかも、ステルス機能がついているという事は、もしかしたらJ3コロニー襲撃時にこの機体も何処かに隠れながらコロニーを襲っていたのかもしれない。

「なら、手加減無用、ね」




 アシュセイヴァーのコクピット内では銀髪のロングヘアーの少女がヒュッケバインを見ていた。

(お兄ちゃんから聞いた………新型機……!)

 彼女の名前はユイ・シンヨウ。スバルと同じく、カイトの兄妹だ。因みに内訳は、長男カイト、次男スバル、長女ユイ、となっている。

「お兄ちゃんがコロニーから出てくるまでの残り30分。私達は全力で戦わせてもらいます。……そして、お兄ちゃんからの命令です。私達は絶対に死ぬ事は許されない」

 彼女はそれを思い出した瞬間、嬉しそうな笑みを浮かべた。
 
「お兄ちゃんからの命令ですから………守らないと駄目ですよね?」

 彼女は笑った。ただ、兄から純粋に『生き残れ』と言われた事が嬉しいのだ。
 しかし、

「でも……今度は命令じゃなくて、『お願い』とかならいいな~」

 ユイ・シンヨウ。彼女は実はブラコンだった。





第三話「最強の欠陥品とダーインスレイヴ」


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